隠岐の島の対岸、島根半島にたたずむ二つの温泉宿

『界 出雲』が毎夜提供している“ご当地楽”の一環として石見神楽を堪能する夕べ。迫力ある音楽や動き、そして華麗なる衣装替えも見ものだ。

取材・文/朝岡久美子 写真/福角智江

隠岐の島対岸、島根半島にたたずむ二つの極上の温泉宿をご紹介しよう。
半島の最西端、「出雲ひのみさき温泉」と松江市にも程近い「玉造温泉」にある二つの『界』の魅力をお伝えする。

『界 出雲』の灯台側(西側)の客室(ご当地部屋「彩海の間」)から夕景を眺める。“陽の沈む聖地”の面目躍如たる情景だ。

出雲詣でを寿(ことほ)ぐ「お詣り支度の宿」
界 出雲


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(1) 灯台側(西側)の客室(ご当地部屋「彩海の間」)からの眺め。(2) インフィニティプールを思わせる露天風呂。“出雲松島”に昇る美しき朝陽とともに。(3) 海側(東側)の客室からの眺めもまた格別だ。(4) 地域の伝統工芸品と技に彩られたロビー空間。シックな洗練が際立つ。

島根半島の最西端にある「出雲ひのみさき温泉」。出雲大社のお膝元ゆえに“陽が沈む聖地”と称えられる。ここに白亜の灯台と無限に広がる水平線、そして美しき海岸線を望む極上の宿がある。塩分の強い温泉で身も心も清め、出雲文化の深淵に触れ、いざ出雲詣でへ――。

東西に絶景を臨む

島根半島の西の先端、風光明媚な海の情景に包まれた出雲の地を象徴する美しい灯台がある。明治後期からこの地にたたずみ、神在月には八百万の神々が稲佐の浜に上陸するその御姿を見守ってきた白亜の灯(ともしび)――「日御碕(ひのみさき)灯台」は広がりゆく水平線を照らし続けてきた。厳かに年輪を刻んだその純白の姿を眺めていると、強い光の加減も手伝ってだろうか、時空間を超えて別世界へと誘われるかのような不思議な感覚に襲われる。
この奇跡のような神々しい情景を朝な夕なに体感できる宿がある――『界 出雲』。日本全国に展開し、日本の温泉文化と各地の伝統工芸を堪能できる温泉旅館『界』ブランドにおいて2022年の冬に開業した比較的新しい宿だ。
この宿の最大の特徴は何といっても西に沈みゆく夕陽と白亜の灯台を眺め、東に朝陽に燃える“出雲松島”と称えられる多島美を望む二つの絶景に抱かれたその唯一無二のロケーションだ。
それらの魅力をさらに彩るのは、この宿が出雲大社へ車で20分もしない場所に位置するということだ。神社参拝前日、宿から聖地に沈みゆく夕陽に身を委ね、あくる日、陽光が“出雲松島”を輝かせる頃、その神々しい光をたっぷりと浴びながら海原を眺める温泉で禊をし、心身ともに整え、いざ日本最大の聖地へと心を決めて向かうことができるのだ。言わば「お詣り支度の宿」と言ったところだろうか。


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(1)毎夜上演されている〈国譲り神話〉より、もう一人の登場人物である経津主神(ふつぬしのかみ)。(2)~手業のひととき~石見神楽の伝統を紡ぐ守り人の一人、柿田勝郎面工房の二代目柿田兼志氏自らに神楽面の絵付けを学ぶ。(3)出雲大社の御祭神である大国主命(おおくにぬしのみこと)か恵比寿(えびす)のどちらかの一つを選び、絵付けしてゆく。墨の濃淡のニュアンスによって表情の変化が感じられるのは至極の喜びだ。(4)(5) 神楽の衣装や面がさりげなく飾られていた。(6)“福神会席”より。(7)“台の物”は出雲大社の神事「福神祭」で提供されてきた伝統の郷土料理から着想を得た「うず煮鍋」。出雲大社のお神酒を用いた出汁でご当地名産の大穴子や地鶏を味わう。(8)“神饌朝食”は焼き餅、玄米や日本酒、しじみの佃煮など海の幸、山の幸から成る12の小皿が三方やへぎ台に並び、神々への捧げ物を思わせる。あなごやサザエなど海の幸を取り入れた「あらめ磯鍋」の和食膳とともに供される贅沢な朝餉のひととき。(9)「お詣り支度」のグッズが用意されていた。(10)エントランス・フロント空間。日本海と沈みゆく夕陽をイメージしたウォールアート。島根の伝統のものづくりの技法が光る。

出雲文化の深淵へ

参拝に訪れる人々をもてなさんとするこの宿の気概――それは景観・食・温泉といった通り一遍のものだけではないことからもわかる。毎夜上演される「石見(いわみ)神楽〈国譲り神話〉」はゲスト一人ひとりを神代の世界へと誘ってくれる幻想的なひとときだ。壮麗な衣装や面の迫力に心躍らせ、勇壮でロマンあふれるストーリーにおのずと夢の世界へと引き込まれ、高揚感とともに眠りにつく――。そして参拝当日の朝は“神饌朝食”という厳かな神々の膳を寿ぐ喜びにあずかる楽しみもある。
もし、あなたが望むのであれば「石見神楽」に伝わる伝統の神楽面の絵付けの手ほどきを受けることもできる。島根県の石見地方に伝わる「石見神楽」は日本遺産にも指定されている歴史ある伝統芸能だ。
「石見神楽」の担い手である数少ない現代の匠 柿田兼志氏自らの手ほどきで至高の手業を覚え、この地が紡いできた営みの深淵へと心の指針を大きく深く合わせる――それは、自らに向き合う神聖なひとときでもあり、神話の国、日本に生きる自らの存在について思いをあらたにする貴重な機会となることだろう。大国主命や恵比寿大黒の眼が我が手で微笑みを湛えた時の喜びは感極まりない想いに満たされるに違いない。

〝禊〟にこそふさわしい湯を味わう

ちなみに『界 出雲』の温泉は強塩化物泉と呼ばれる塩分濃度の極めて強い湯だが、自家源泉が宿の真下にあるためこの宿の塩化物イオンの成分の豊富の多さは日御碕温泉と称されるこのエリアにおいて群を抜いているという。聖地に集う八百万の神々に祝福された個性的な湯での湯浴みは、まさに“禊”という言葉がふさわしいのだ。
出雲を愛する人々を我が家のようにもてなしてくれる「お詣り支度の宿」―― ぜひ出雲詣での際の定宿にしてみていはいかがだろうか。

Information

界 出雲

島根県出雲市大社町日御碕604
お問い合わせ・ご予約:050-3134-8092(9:30〜18:00)
https://hoshinoresorts.com/ja/hotels/kaiizumo/

美肌の湯と美酒に酔う愉楽の宿
界 玉造


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(1)『界 玉造』の大浴場。“神湯”にふさわしく社(やしろ)から湯が流れ出ていた。(2)ご当地部屋「玉湯の間」。庭を囲むようにたたずむ24室の贅沢な間取りを誇る全室露天風呂付の客室だ。ヘッドボードを彩る藍染の作品は近くで見れば見るほどその深い色合いに引き込まれる。酒蔵の“麹室”から着想を得たという奥のリビング空間には日本酒樽をイメージしたテーブルが置かれていた。(3)(4)客室の庭には露天風呂も設えられており、日本酒セットも用意されている。(5)館内に設えられた太鼓橋。温泉宿の風情を感じさせる。(6)(7)温泉街を流れる玉湯川をイメージしたアートやオブジェなど、エリアの作家によるオリジナル作品が散りばめられている。

続いてご紹介するのは、客室を全面的にリニューアルし、旅慣れた富裕層たちを虜にし続けている『界 玉造』。日本最古の美肌の温泉にふさわしく老舗宿を盛り上げるベテランのスタッフたちが一丸となって“酒どころ”出雲の醍醐味を思う存分に味わせてくれる愉悦の宿だ。

日本最古の美肌の湯の魅力

「ひとたび濯げば形容端正しく、再び浴すれば万の病ことごとく除こる(一度温泉で体を洗えば肌が美しくなり、二度入浴すればどのような病気でも治ってしまう)」と1300年前に記された『出雲国風土記』にも引用され、美肌の湯としても知られる「玉造温泉」。遥か昔から人々が“神湯”と称えてきた名湯だ。硫酸塩泉と塩化物泉に加え、メタけい酸も含まれたバランスの良い湯成分は、驚くなかれ、潤いや保湿、クレンジング効果のある高級化粧水にも匹敵するものであると専門機関からお墨付きを得ている。まさに“神湯”と謳われるにふさわしい湯だ。
『界 出雲』から東方向へ車で約1時間。松江市内にも程近く、至近距離にみずみずしい情景を湛えた宍道湖が広がる。昭和の趣がいまだ色濃く残された温泉街の中心地に『界 玉造』はたたずむ。太鼓橋や茶室を有する伝統的な老舗宿は、全面客室のリニューアルを経て、全室“ご当地部屋”へと生まれ変わった。宿を取り囲む豊かな緑が湛えるその空気感は、レトロな温泉郷というよりも高原の別荘での滞在を思わせ、大人の時間が漂う。
『界』ブランドが“ご当地部屋”と称するローカルな文化的エッセンスが多彩に凝縮された客室――「玉湯の間」と呼ばれる優雅な広々とした空間は、島根発祥ともいわれる日本酒にちなんだ粋なデザイン設計やディテールが目も心も楽しませてくれる。
まずは一歩足を踏み入れると、ヘッドボードに広がる藍染作品の粋な意匠が高揚感を掻き立ててくれる。庭に面したリビング空間のレイアウトが酒蔵の麹室(こうじむろ)から着想を得ているというのも興味深く、なんとも心温まる居心地の良い場所だ。地域の伝統工芸の匠たちによって丹精込めて制作された作品の数々が散りばめられた珠玉の間。部屋で静かに寛いでいると、一つひとつの手業に込められたアーティストや匠たちの想いが身近に感じられ、宿を支える人々の地域文化への深い愛情と敬意、そしてゲストへの心づくしのもてなしの念を感じずにはいられない。


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(1)“宝楽盛り”は、クリームチーズの有馬味噌漬けや、トマトの玉寄 生姜ジュレ、合鴨のオレンジ酢味噌かけ、白木茸のお浸し 蒸し鮑など日本酒ペアリングにもワインにもふさわしい斬新で味わい深い品々が並ぶ。先付(左の小皿)のノドグロの炙りも美味だ。(2)秋冬ならではの極上の味覚“極み タグ付き活松葉蟹づくし会席”。すべての料理に活蟹のみを使用した贅沢な会席。〆の雑炊まで蟹をしっかり堪能できる(例年、7月中旬頃よりの予約開始)。(3)“しじみ牛しゃぶ会席”より、台の物“界 玉造流 しじみ牛しゃぶ”。シジミとノドグロ
の出汁の深みとともに味わう牛肉の旨味がたまらない逸品。(4)“ご当地楽(ごとうちがく)”として「ヤマタノオロチ伝説」を題材にした「石見神楽〈大蛇(オロチ)〉」が毎夜上演されている。ダイナミックな動きを見せる大蛇が客席にまで現れ、実にスリリングな体験が期待できる。(5)〜(7) 松江は茶道文化でも知られる。庭園にたたずむ茶室「蛙瞑庵(あめいあん)」では、細川三斎流の武家茶道の一派の手前を体験できる。茶懐石の専門家である亭主との語らいも実に赴き深い。勾玉のかたちをした菓子とともに茶を頂く。(8)(9)「日本酒BAR」では日本酒発祥の地、島根ならではの個性的な地酒の数々が取り揃えられている。酒に詳しいスタッフ選りすぐりの銘柄を楽しみたい。客室へのテイクアウトも可能。(10)大浴場の前室には酒パックも用意されている。

愉楽の宿の醍醐味を

夕刻を過ぎるとにわかに心が弾む――これからの時間が宿滞在の醍醐味だ。まずは夕食。のどぐろと宍道湖のお膝元ならではのしじみをふんだんに用いたスープで味わう“界 玉造流 しじみ牛しゃぶ”は、日本酒のペアリングでよりいっそう味わいも深まる。“宝楽盛り”とともにゆっくりと味わいたい逸品だ。そして、隠岐の島沿岸で捕獲される松葉ガニが解漁される秋冬は何といってもタグ付きの活松葉蟹尽くしの会席のダイナミックさに心奪われることだろう。この宿ならではの贅の極みをじっくりと堪能したい。
夕食の後は「日本酒BAR」で島根の地酒を存分に味わう。常時40種類以上の地酒が常備されており、地元の酒蔵の歴史や蘊蓄を知り尽くしたスタッフとの語らいのひとときに夜が更けるのも忘れてしまいそうだ。しかしながら、同時に名物の“ヤマタノオロチ”を見過ごしではならないのが悩ましい。こちらの宿でも「石見神楽〈大蛇(オロチ)〉」が毎夜上演され、大蛇を酒で酔わせ勝利を獲得するスサノオの姿に日本酒発祥の地・島根の所以を知る楽しみもある。
出雲杜氏たちが連綿と紡いできた島根の地酒の魅力を粋に、優雅に愉しむ大人の宿『界 玉造』。『界 出雲』で禊をし、出雲大社に参拝したあとの嬉々とした直なおら会いのひとときをこの愉楽の宿で過ごしてみてはいかがだろうか。

Information

界 玉造

島根県松江市玉湯町玉造1237
お問い合わせ・ご予約:050-3134-8092(9:30〜18:00)
https://hoshinoresorts.com/ja/hotels/kaitamatsukuri/