ケリー・ヒル建築に浸る
Kelly Hill Architecture

ケリー・ヒルが設計したアマンの「アマンサラ」では、土地の記憶に寄り添いながら過ごすことができる。
アマンのほか、数々のリゾート建築を手掛けたケリー・ヒルの建築美に魅せられる

自然と文化を大切に守り、訪れる人の心に深く刻まれる体験を創り出すことを現した「アマンサラ」のメインプール。
写真・文:大橋マサヒロ
インドネシアのバリ島やタイ、スリランカなど、アジア各地のリゾートホテルデザインの第一人者として多くの仕事を重ねてきた建築家ケリー・ヒル氏は、故郷のオーストラリア・パースで2018年に75歳の生涯を閉じた。近年では、アマン初の都市型ホテル「アマン東京」の設計を通じて、日本でも彼独自の美意識に基づいた空間デザインが広く知られるようになっている。
ヒル氏は、画一的なデザインを嫌い、リゾートホテルの建築デザインにおいては、その土地の気候や文化を繊細に汲み取るアプローチを貫いてきた。彼の代表的な建築作品の多くはアジアンリゾートだが、それらは広い敷地に豪華なインテリアで飾り立てるラグジュアリーさとは一線を画す。その土地を深く知り、素材と文化を尊ぶことによって、時代を超えて静かに語りかける空間。ケリー・ヒル建築には光、影、水、その土地に根ざす人々の暮らしを反映した深遠な美意識が宿っている。真のラグジュアリーとは、華美な装いでなはく、定めなく行きすぎる雲や流れる水を愛でる心の贅沢であると諭されるようだ。無駄を廃しながら”侘び・寂び”を感じさせ、簡素でありながら幽玄で神秘的な深みを極める”禅”の境地を体現する深遠なデザイン。ヒル氏は生前、幾度となく日本を訪れるなど、大変な日本通であったことは偶然ではないであろう。
彼の代表作のひとつとされる、カンボジアの「アマンサラ」。優雅さと繊細さが余すことなく表現された中国の「ラルー・青島」。そして、サステナブルを余すことなく採用したインド・コルカタの「ITCソナー・ホテル」を通じて、ケリー・ヒル作品の軌跡を辿る旅に出よう。
2002年に誕生した「Amansara(アマンサラ)」は、カンボジア・シェムリアップ、世界遺産アンコール遺跡群のほど近くに静かに佇む。かつてシアヌーク元国王が国外からの賓客をもてなした迎賓館が、アマンの手によって静謐と気品に満ちたラグジュアリーリゾートへと生まれ変わった。
館内に一歩足を踏み入れると、美術館さながらのギャラリーと洗練されたインテリアが、時を超えた優雅な世界へ訪れる者を誘う。わずか24室のみという贅沢なプライベート感と研ぎ澄まされた美意識、そして、きめ細やかなおもてなし――。これこそ〝アマン・マジック”。
往時の面影を残す中庭は隅々まで整えられ、木立を抜ける風が心地よい。建物やインテリアは歴史に裏打ちされた創造性を纏う「ニュー・クメール様式」で統一されている。各スイートは高い石壁によって遮られ、外の世界と絶妙な距離を保つことでプライバシーが守られる。室内は開放的な間取りで、色調は落ち着いたアーストーンでまとめられている。さらに、床から天井まで届く大きなガラス窓の外にはウォーターガーデン、もしくはプライベートプールが備わる中庭が広がる。
無駄を排したシンプルな造形と静謐さに満ちた上質な空間デザインは、まさにケリー・ヒル氏ならではといえる。
アマンならではの体験もまた、この地での滞在を特別な旅へと変えてくれる。なかでも、プライベートガイドによるアンコール遺跡ツアーは格別だ。早朝、専属ガイドが混雑を避けながら遺跡を案内してくれる。また、移動にはホテル特製のトゥクトゥクが用意され、観光の後はクメールヴィレッジハウスにて、クメール式ブレックファストをいただきながら優雅なひとときを過ごす。アジア特有の蒸し暑い気候の中で火照った身体を癒すだけでなく、そこには日常を忘れさせる穏やかな空気が漂っている。アマンサラ―― それは、歴史と文化、そして美意識が見事に調和した、世界にただひとつの聖域である。
Information
Amansara / アマンサラ
アマン共通日本語フリーダイヤル
0120-951-125(平日10 ~17時)
The Lalu Qingdao / ザ・ラルー 青島
日常の喧騒を忘れられる桃源郷のような場所

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(1)ゲストを最初に迎えるレセプションは装飾を控えめにすることで、落ち着いた雰囲気を醸し出す。
(2)5層にわたる103段の大階段は、客室からレストランやパブリックエリアを繋ぐ「ザ・ラルー青島」を象徴する場所。
台湾最高級ホテルとして知られる日月潭の湖畔に建つ「The Lalu(ザ・ラルー)」。その初めての海外進出となった「ザ・ラルー青島」は、2014年10月にオープンした。このホテルでケリー・ヒル氏は、「禅の心」を建築デザインの核とし、縦と横のラインを重視している。このような建築スタイルは、何十年、何百年の時を経ても古い印象を与えず、高い価値を持つ建築といえるだろう。
かつてドイツの植民地であった青島は、小さなベルリンとも呼ばれ、緑の木々に眩しく映える赤い屋根の町並みが残り、北京からのアクセスも良いことから、中国の富裕層も多く訪れる場所。ホテルに到着すると、エントランスで白い文鳥の美しい鳴き声が聞こえてくる。中国では、白い文鳥は「良いことを運んできてくれる」といわれており、清潔感と気品を感じさせるラルーのシンボルとして大切に育てられている。また、エントランスにある中国の古い楽器は、帝王がお祭りの時に演奏していたもの。ホテルスタッフがこれを演奏し、ゲストを出迎える。部屋数は全161ルーム。部屋と廊下に距離をとっているため、どの客室もプライバシーが守られる。そして、広々としたテラスから眺める空や海の色は、時間ごとに移り変わる色彩を見せてくれる。まるで桃源郷を想わせる美しさに、感嘆の声をあげてしまうほどだ。
目の前に広がる海を眺めながらの露天風呂や屋内プールを含める充実したスパエリアは、日常の喧騒を忘れさせてくれることだろう。半島に突き出た岬の傾斜を利用した館内は客室やレストラン、バーなど、どこにいても穏やかな海と遮る76もののない空を望める。まるでプライベートアイランドで過ごしているかのような静寂と最上級のホスピタリティが約束される「ザ・ラルー青島」。――豊かな自然に抱かれながらのんびりと過ごしてほしい――というヒル氏からのメッセージが聞こえてくるようだ。
Information
The Lalu Qingdao / ザ・ラルー 青島
電話: +86 532 8316 6666
https://www.thelalu.com/qingdao/cn
ITC Sonar Kolkata / アイティーシー・ソナー・コルカタ
自然と洗練さが響き合う、唯一無二の安らぎへ

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(1)水辺に佇むティーラウンジ。天然素材の屋根と格子窓が日差しを遮り、涼やかで心地よいひとときを演出している。
(2)コルカタは、インド東部・西ベンガル州の州都で、ガンジス川の支流フーグリ川東岸の低湿地に発展した都市。かつてはイギリスやフランスの植民地として栄華を誇り、その歴史の面影が今も息づいている。
インド東部の古都コルカタ。喧騒と歴史が交錯する街の中で、壮麗なオアシスとして存在するのが「ITC Sonar Kolkata(アイティーシー・ソナー・コルカタ)」。数々の受賞歴を誇るラグジュアリーホテルでありながら、インドの伝統美と現代的な洗練を見事に融合させた空間は、訪れる者を特別な境地へと誘う。
コルカタの深い歴史にインスパイアされつつ、現代的なエレガンス、さらに最新のテクノロジーを取り入れた環境デザインをケリー・ヒル・アーキテクツが体現した。荘厳なエントランスを抜けると広がるのは、光と影が織りなすドラマチックなロビー。インドの伝統的モチーフをさりげなく取り入れたインテリアが、ゲストに落ち着きと高揚感を同時にもたらす。
ベンガル地方の伝統的なバガンバーリ(農家)様式で建てられたこのホテルは、芸術と洗練された建築で名高いパーラ朝の統治者たちからインスピレーションを得ているという。敷地内には水辺が広がり、花が咲き誇る睡蓮の池には鯉や小魚がのどかに泳ぐ。南国特有の椰子の木や緑が見事に手入れされた庭園にはアヒルが放し飼いにされている。それらは全て循環型のサステナブルに通じている。「責任あるラグジュアリー」を信条とするITCソナーでは、ホテル運営のあらゆる側面に環境保護に関するポリシーと効率的な実践を組み込んでいて、固形廃棄物はリサイクルされ、レストランで提供される食材の大部分は地元産でまかなう。客室やレストランなどの窓の外には木やレンガ製の格子が配されていて、インドの厳しい暑さから室内を快適に調整する役割を担う。
このホテルには、天然素材の温もりと最新の快適性が調和する静けさに満ちた聖域が広がる。窓辺に映る庭園と水辺の景観は、時間の流れを優雅に緩め、心に穏やかな余韻をもたらす。細部にまで宿る美意識は、滞在を一つの芸術体験へと昇華させ、環境意識と贅を極めたもてなしは、建築家ケリー・ヒル氏が投げかける「真のラグジュアリーとは何か」という問いに応えるようだ。
Information
ITC Sonar Kolkata / アイティーシー・ソナー・コルカタ
電話: +91 33 23454545
https://www.itchotels.com/in/en/itcsonar-kolkata