人生を豊かにする社会貢献活動

文:一般社団法人ソーシャルビジネスバンク 代表理事 東信吾

近年、遺贈のニーズが増えている。自分の死後に「自己の財産を社会で有効に使ってほしい」とNPOや大学、自治体などへの寄付を遺言書に残す。私が理事を務める公益財団法人東京コミュニティー財団にも遺贈に関する問い合わせが増えてきた。遺贈には大きく2つの動機がある。それは①財産を相続人に全部渡すのではなく、一部を社会のために使ってほしい。②相続人がいないので、代わりに社会で使ってほしい。いずれの動機にせよ、自分の死後にはじめて社会貢献活動をするのではなく、元気な時に寄付活動を楽しみ、人生をより豊かに過ごす選択肢を考えてみたい。

Profile

東信吾(あずましんご)

社会活動家 / プライベートバンカー / 不動産鑑定士
一般社団法人ソーシャルビジネスバンク 代表理事
1974年 神戸市生まれ。大阪大学卒業
日本・米国・スイスの金融機関で20年以上プライベートバンカーを経験。UBSアジアパシフィック地域で7年連続「ドラゴンクラブ」を受賞(日本人初)。2015年世界のトップバンカーの一人として「UBS サークルオブエクセレンス」を受賞。2008年よりNPO法人SK Dream Japanに参画し、社会貢献活動をスタート。2014年よりグラミン銀行創設者でノーベル平和賞受賞者であるムハマド・ユヌス氏(現暫定政権の首席顧問)とバングラデシュで自動車整備士を養成する学校をスタート。公益財団法人東京コミュニティー財団、公益財団法人千本財団(現KDDI、現ワイモバイル創業者:千本氏)、 一般社団法人明日へのチカラ(ロート製薬創業家:山田氏) ほか複数の団体の理事・アドバイザーを務める。

自分の満足いく寄付・社会貢献とは何なのかを考える

私は富裕層の方から遺贈したいという相談を受けることがある。その人の資産状況を考えたときに、私の頭の中では以下のような思いが駆け巡る。これだけ資産があれば、生前にある程度の寄付をしても、生活に困ることはないだろう。遺贈という制度だけを利用して、死後に支援した人から感謝されても、死んだ本人には実感がない。それなら生きているうちに寄付をしながら、自分のお金がどのように社会に循環し、どのように社会の役に立っているかを実感した方が、残りの人生を有意義に過ごせるのではないか?一度に大きな寄付をする必要はない。少しずつ自分が気になるNPOや大学、自治体などに寄付をしてみることで、寄付先との関わりができる。関係者との対話を通じて、どの分野に自分のお金を使ってほしいかをイメージすることができる。一方、せっかく寄付したのに、自分の想いが満たせない寄付先であれば、「ここに遺贈することはやめよう」と気持ちを切り替えることができる。寄付活動を自分の人生の豊かさに取り込むためには、学びの時間が必要である。そのためにも早くからスタートして、「自分にとって満足のいく寄付活動は何なのか?」を模索することが大切である。
先日、ある富裕層の方から「先代から引継いだ資産は守らないといけないが、その資産が増えた上澄みの部分は自由に使っていいと考えている。例えば、資産運用をして増えた分は社会貢献活動に回している。」という話を聞いた。立派な想いに感動した。この人は主に外国債券で運用し、その金利収入を寄付に回している。
私はいくつかの財団法人の資産運用を担当しているが、同様の手法で運用しながら、その金利収入だけで①寄付金と②管理運営費を賄うようにしている。そうすることで、財団の設立者の想いと事業の永続性を確保できるように努めている。
私は長くプライベートバンカーをしているが、たくさんの資産を持っている富裕層でも社会のことを想って寄付ができる人は、全体の2,3割ぐらいではないかと思っている。富裕層が築いてきた財産は、実は自分が関わる社会や地域の人たちのお陰という側面があるものの、それを還元しようと考える人は少ない。科学的根拠はないものの、良いも悪いも多くの人の思いが詰まったお金を自分の懐にとどめるのではなく、社会に循環した方が、良い運気が入ってきそうな気がする。

相続人同士を揉めさせるより社会貢献で幸せを感じてほしい

多くの富裕層の方とお付き合いしていると、お金を取り巻く家庭の実情を垣間見ることがある。特に相続時は顕著である。例えば、お父さんがたくさんの資産を残して死んでも、残念ながら相続人が感謝するかは分からない。遺産分割の話し合いの際に「お父さん、たくさんの資産を残してくれて有り難う!」という感謝の言葉ではなく、「長男の兄には12億円、次男の自分は8億円と少ない!」という揉め事が始まる。亡くなったお父さんは、会社を引き継ぐ長男に換金できない未上場の自社株式を含めて、より多くの資産を残したのだろう。むしろ次男に気を使って、換金できる8億円を残したつもりが、お父さんは天国で恨み節を聞くことになる。現在進行形の揉め事としては「あっちは36億円、自分は33億円」という争いを聞いている。この相続財産は不動産を含めて、すべて換金できる資産である。他にも類似の事例を見ていると、「死後に相続人で揉めるなら、生前にもっと社会のためにお金を使っておいたら良かったのに。本人は多くの人から感謝され、今までとは違う人生の豊かさを味わうことができただろう。」と考えてしまう。
お金には色はない、と言われる。ところが、お金には温度がある。気持ちのこもった「温かいお金」を社会に循環することで、寄付者がもっと幸せになってほしいと願っている。