Northern Lights Cruise in Norway
世界で最も美しい航路の空に

沿岸急行船「フッティルーテン」は、ノルウェーの北大西洋沿岸にあるベンゲルからキルケネス港までの約2,400kmを12日間かけて往復する定期運行船だ。豪華客船のようなカジノやエンターテインメントはないが、自然豊かなノルウェーの絶景に恵まれた航路は、世界で最も美しいと謳われている。
 
写真・文/大橋マサヒロ

 

脈々と受け継がれるノルウェー人のDNA

定期船が人気の観光客船に

ノルウェー沿岸急行船「フッティルーテン」は1893年、同国北西部沿岸の町々を結ぶ地元の足として就航した。現在でも住民の移動や貨物の輸送に欠かせない世界最北の定期船という役目を果たしている。同時に、夏は大迫力のフィヨルド、冬は夜空に出没するオーロラ観測を目的として、多くの観光客が乗船する観光客船という側面も併せ持っている。
 
豪華なクルーズ船とは趣が異なり、華やかなショーやカジノがあるわけではない。もちろんドレスコードもない。ただ、このフッティルーテンの航海に参加する観光客の目的はノルウェーの大自然に寄り添うことにある。沿岸近くを進む世界で最も美しい航路は、船旅好きにはたまらない魅力なのだ。
 
今回は、フッティルーテン航路北の終着港、ロシアとの国境間近の町キルケネスから南下する航海を体験した。もちろんその目的はオーロラである。
 
フッティルーテンはノルウェー西岸の大小34の港に貨物と住民を安全に送り届ける役割を担う船会社だ。

 

大自然との出会い

オーロラは太陽が発した太陽風が地球の北極・南極を軸にした大気中の原子や分子に衝突して発光する現象で、地磁気緯度のオーロラ・オーバルと呼ばれる楕円形の帯の下で見られる。そのエリアは北半球では北緯65〜70度辺りとされる。沿岸急行船はキルケネスを出航してから3日間は北極圏以北を航海するため、まさにオーロラ・オーバルの真下を通ることとなる。オーロラを観測できる絶好のチャンスなのだ。
 
通常、オーロラ観測を目的とする観光ではマイナス数十度という極寒の地にまで足を運ぶことになるものだが、ノルウェー沿岸はメキシコ暖流の恩恵で真冬でも0度前後にしか気温が下がらない。そのため日本の雪国に行くくらいの気軽な感覚で出かけられる。しかも、オーロラの出現を待ちながら船内でのんびりと過せるというメリットもある。これほど恵まれた環境でオーロラ観 測をできるのは、世界でもフッティルーテンの他にはないのではないだろうか。

 

ノルウェー人の生き様

フッティルーテンという船会社の歴史は西暦800年代、ヨーロッパ中で交易や植民、時には物資を略奪していた「ヴァイキング」の時代にまで遡る。彼らの優れた造船技術や航海術は時を経て、現在もなお代々継承されてきているのだ。
 
1893年7月2日、リカルド・ ウィット船長が蒸気船ヴェステロー レン号に乗り、トロンハイムからハンメルフェストまで時間かけて処女航海を果たすことに成功する。無数の岩礁や数えるほどしかない灯台など、航海士にとって最悪の条件下。それでも極北の地へ生活物資などを安全に届けたいという想いが叶い、この日はノルウェー海運史に名を刻む交通革命成功の日となった。
 
その後、ウィット船長がこのルートを「フッティルーテン(沿岸急行船)」と名付け、以来120年以上、12隻の船でノルウェー西岸の人と物資を運び続けてきた。その存在は、過酷な自然環境の中にあっても、たくましく生きることへの強い渇望、つまりノルウェー人のDNAを現代に紡ぐ役割を果たしているのである。

 

自然体が心地よい北欧流の船の旅へ

 

日常の延長にある非日常体験

今回乗船したノールノルゲ号は、レゴブロックを組み立てたかのような愛くるしい船体が特徴。総トン数は1万1000トンを超え、7層のデッキに最大623人の乗船客を収容できる。2016年に改修したばかりで、6階の船尾には屋外ジャクジーがあり、フィヨルドや沿岸の可愛らしい町を眺めながら、贅沢なジャグジータイムを堪能できる。
 
北欧らしくサウナや屋外ジャグジーは充実するが、カジノといった娯楽施設はない。パノラマビューが楽しめるラウンジやカフェに陣取り、おしゃべりやカードゲーム、編み物に耽り、のんびりと静かに過ごすのが北欧流の船旅ようだ。カウチで読書をしながら、ウトウトと昼寝をする方もいる。特別な船旅といった様子はどこにもなく、皆、普段着のままで非日常を謳歌している。飾らない北欧スタイルの過ごし方を垣間みれるのも、この船旅の魅力なのだ。
 
フィヨルドや沿岸の可愛らしい家々を眺めながら波のない穏やかな航海が続く。

サウナや屋外ジャクジーで暖をとり、ゆったりとした時間を過ごすのが北欧クルーズの醍醐味。

左から/いつでも暖かく保たれているレストランやカフェで、雄大な景色を眺めながら贅沢な時を過ごす。 北極圏を超える際、デッキではスプーンで肝油を飲む儀式やコーヒーのサービスがある。

 

キャビンから望むオーロラ

乗船した11月はすでに北欧では冬。朝日が洋上に顔を出すのは9時を回り、お昼過ぎには夕方の気 配。そして15時にはどっぷりと陽が沈み、辺りは真っ暗になる。日照時間は5時間ほどだろうか。 12〜1月には太陽が昇らないポーラー・ナイトと呼ばれる日々か続く。反対に、夏の時期はミッドナイト・サン、つまり太陽が地平線下に沈まない白夜となる。
 
航海3日目の夜、夕食後にキャビンでウトウトし、ふと目を覚ますと既に時計の針が日をまたごうとする時間だった。真っ暗なキャビンの窓越しに外の様子を何気なく覗くと、室内同様に真っ暗なはずの夜空が微かに薄明るい。目を凝らすと、薄緑色の青みがかったカーテンがゆらゆらと夜空を舞っている。なんと、キャビンのベッドに寝そべりながら窓越しにオーロラが見えたのだ。
 
それまで毎晩のように最上階の屋外デッキから、うっすらとしたオーロラを見ることはできていた。しかし、これほどはっきりと夜空にたなびくオーロラを、しかもベッドで寝転びながら見ることができるとは思ってもみなかった。それは夢なのか現実なのかしばらく判別ができないほど、幻想的で不思議な時間だった。
 
何百万年もの時を経て形成されたフィヨルドと漆黒の海。その波間を漂う船上で遭遇した遥か遠く離れた太陽から届く神秘の舞い。心が揺さぶられる一夜となった。
 
航海中にオーロラが出現すると船内放送で知らせてくれるので、防寒着に着替えてデッキで観測する。 © Gian Rico Willy

夏の時期にはフィヨルドの岩壁を見ながらのクルーズが大人気。

船内では皆、読書や編み物、カードゲームなどに耽り、静かにゆったりと過ごしている。 © Ragnar. Hartvig

 

地産地消を実践するレストラン

長距離を移動する船旅。その醍醐味の一つとして、寄港地ごとに地元の味を堪能したいとは、誰もが望むこと。フッティルーテンはノルウェー生まれだからこそ、ノルウェー料理には強い誇りを持っている。

レストランではノルウェー原産の食材にこだわり、特に寄港地の郷土料理を楽しんでもらえるようにシェフが腕を振るう。200を超える地元農家や漁師のパートナーから、500種類もの新鮮な素材が毎日届けられるそうだ。

朝食と昼食は基本ビュッフェスタイルで、夕食には前菜、メイン、デ ザートの3品のコースメニューが用意される。大型客船のように幾つもレストランがあるわけではないが、アラカルトメニューのレストランのほか、毎日手作りのクッキーやスイーツが用意されるコーヒーショップ、バーもある。

今回のクルーズ中の忘れられないひと皿は真ダラのソテー。真綿のように真っ白な身は肉厚のプリプリとした食感で、それに絡むソースが絶妙。日本でなら2〜3人前のボリュームに驚かされたが、瞬く間に完食してしまった。それ以外にも、トナカイやラム肉、海老や蟹、北海マスなど、極北の大地と豊かな海の恵みが盛りだくさん。航海中は食事に飽きることはないだろう。
 
左から/船内のスタッフは地元ノルウェーの方が多く、アットホームな 雰囲気が心地良い。 地元で採れた新鮮な山海の幸を活かしたノルウェーの郷土料理。

ファインレストランではゆったりとした雰囲気と極上の食材を活かした料理が楽しめる。

キャビンはシンプルながら温かみのある雰囲気でまとめられている。毛皮のベッドカバーがいかにも北欧らしい。

 

船旅のもう一つの楽しみ34の寄港地を巡り歩く

キルケネスはフッティルーテン航路の北の終着港。ロシアとの国境まで7kmに位置し、まさに地の果てにある小さな町だ。今回はここから乗船して南のベルゲンまで5泊6日間の行程を満喫した。キャビンやデッキ、温かく保たれたラウンジから、万年雪をかぶった荒々しい岩山や壮観のフィ ヨルド、名もない小さな町などをただ眺めていると、これこそがフッティルーテンでの正しい過ごし方なのだと思えてくる。

もちろん、航海の途中に立ち寄るノルウェー西岸の34の寄港地はそれぞれに小さいながらも個性があり、観光をしながらそぞろ歩くのに最適だ。

例えば、北極圏最大の港町トロムソは、港の周りに続くカラフルな木造建築の美しさで有名。ステンドガラスが美しいトロムソ・ダーレン教会では、乗船客のためだけに特別のミッドナイトコンサートが開かれている。トロンハイムはかつてノルウェー王国の首都として栄えた町。中世時代には北欧最大の巡礼地として歴代王の載冠式が行われた荘厳なゴシック様式の大聖堂、ニーダロス教会は必見だ。川沿いの倉庫群も色彩豊かで趣がある。

フッティルーテンでの船旅には、急ぐ必要のない大人のための時間がゆっくりと流れている。夏は沈まぬ太陽とフィヨルド、冬には闇夜に舞うオーロラを見ながら、ゆったりとした北欧スタイルのバカンスを体験してはいかがだろうか。
 
カラフルな倉庫が建ち並ぶトロンハイムの町。中世時代は北欧最大のキリスト教巡礼地だった。 © Maggie.Strutt

世界最北端の町といわれるハンメルフェストの町を見下ろす。丘から望む絶景に言葉を失う。

左から/どの港もこぢんまりとしていて、大型客船の船旅とはひと味違うゆったりとした時間を過ごせる。 寄港地での散策は、教会や博物館など、ノルウェーの人々の生活を垣間見る貴重なひと時となる。

 

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