日本とバングラデシュの架け橋
「10万人プロジェクト」
文:PAVONE 編集長 小柳幸子
ムハマド・ユヌス
グラミン銀行創設者/ノーベル平和賞受賞者
Profile

1940年6月生まれ。1972年チッタゴン大学経済学部長。1976 年貧困救済プロジェクトをジョブラ村にて開始。1983 年グラミン銀行設立。2006年ノーベル平和賞を受賞。経済的利益と社会的利益の両立を目指すソーシャル・ビジネスという概念を世界に普及。2024年反政府デモにより辞任したハシナ前首相に代わり、国民からの強い支持を受け暫定政権の首席顧問に就任。2026年2月総選挙により誕生した新政権に政治を委ね、自身はグラミン銀行のトップに戻る。

上/ノーベル平和賞受賞を受け市民に挨拶するユヌス氏
下/反政府デモの様子
ノーベル平和賞を受賞
ムハマド・ユヌス氏は、一般の銀行が相手にしない貧困層を対象に担保や保証人を必要としない小口融資の仕組みを構築した。そして1983年、バングラデシュで貧困層に融資を行う銀行、グラミン銀行が誕生する。
グラミン銀行は特に女性への融資を重視した。女性が小口融資を活用して収入を得ることで子どもの教育や家族の生活が安定し、地域社会全体が変わっていく、しかも返済率が男性に比べて98%と極めて良好だからである。この取り組みは「マイクロファイナンス」と呼ばれ、バングラデシュで800万人以上の女性が活用、途上国の貧困問題に対する新しいアプローチとして世界中に広がっていった。
2006年、ユヌス氏とグラミン銀行はノーベル平和賞を受賞する。貧困撲滅は平和の基盤であるという考え方が国際社会に認められた瞬間だった。
その後ユヌス氏は、社会問題をビジネスの手法で解決する「ソーシャル・ビジネス」という概念を提唱する。一般的に企業は利益の最大化を目的とするが、「ソーシャル・ビジネス」は社会問題の持続的な解決を目的とする。この考え方は世界各国の起業家や企業に影響を与え、新しい経済のあり方として広がっている。
政治的圧力を乗り越えて
しかしユヌス氏の歩みは決して平坦ではなかった。バングラデシュ国民から圧倒的な支持を得ていたユヌス氏は、独裁政権を長年率いていたハシナ政権からのさまざまな政治的圧力に直面することになる。2023年には前政権から100以上の罪を被せられ、一生投獄される直前まで追い込まれた。
ところが、誰も予想していなかった革命が2024年8月に起こったのである。最初はダッカ大学の学生による政府の公務員採用差別に対する小さな抗議デモから始まった。その反政府デモは全国の大学に拡がりを見せたが、ハシナ政権がデモを抑えるために、警察が無抵抗の学生に銃を向け600人以上の学生が殺された。その様子がSNSで全国へ拡散され、一般市民もデモに加わり国を挙げての大きなうねりとなった。2024年8月首相官邸をデモ隊に囲まれたハシナ首相は、軍隊に出動を命じたが軍隊はこの命令を拒否、ハシナ首相はインドへ逃亡した。ハシナ政権崩壊後、国民は信頼の厚いユヌス氏に首相就任を依頼した。ユヌス氏は、民主的な総選挙が行われるまでの期間に限り暫定政権のトップにあたる首席顧問として、国の再建を担う立場に就いた。
日本とバングラデシュの架け橋「10万人プロジェクト」
そのユヌス氏が2025年5月にバングラデシュ政府の代表として、日本政府の石破前首相と政府間の覚書を締結した。その内容は、日本で人材が不足する業界にバングラデシュの若者10万人が働く道筋を作ろうという試みである。これが「10万人プロジェクト」である。日本の慢性的な人材不足を解消するため、バングラデシュでの人材育成や日本市場の開拓という挑戦を一般社団法人Japan Action Tankが担うことになった。
実はユヌス氏は以前からバングラデシュの貧困家庭に生まれたために、学力優秀で人格も素晴らしいにもかかわらず高等教育を受けられない若者に日本語と自動車整備技術と日本の礼節を教育するジャパン・オートメカニック・スクールを開校し、卒業生が日本で働く機会を提供することに取り組んでいる。この取り組みに賛同しバングラデシュの若者の採用を積極的に推進しているジーライオングループの創業者である田畑利彦氏の支援のおかげで、多くの若者が日本で安定した仕事を得て家族を支えることができるようになっている。ユヌス氏はこのモデルが大きな可能性を持つことを実感していたのである。
こうした経験を背景に、ユヌス氏は「より大きな規模で若者に海外就労の機会を提供できないか」と考えるようになった。海外労働者からの本国への送金は、外貨準備金を増やす意味でこれから経済成長を目指すバングラデシュにとって極めて重要である。その実現の一翼を一般社団法人Japan Action Tankに託したのである。
このプロジェクトは、日本が直面する深刻な人材不足の解消と、バングラデシュの若者の雇用創出という二つの社会課題を同時に「ソーシャル・ビジネス」の手法で解決することを目指している。
石破前首相と 出典 首相官邸ホームページ
ユヌス氏とジャパン・オートメカニック・スクールの学生たち
若者に借金を背負わせない
具体的に介護分野での取り組みを紹介する。現在、日本では介護人材が20万人不足しており、2040年には介護人材50万人が不足すると日本政府が発表している。高齢化が進む日本において介護人材の確保は必須である。一方で、バングラデシュ政府は若年層や大卒者の失業率が10%を超えており、若者を中心とした労働力の雇用確保が問題であると指摘している。
一般社団法人Japan Action Tankは、そのような両国の課題を「ソーシャル・ビジネス」の手法で持続的に解決しようとしている。2025年12月よりバングラデシュの国立看護学校2校で、日本語教育と介護技能と日本の礼節の教育を開始しており、現在104名の生徒が学んでいる。期間は1年間で、前半の6か月で日本語能力試験N4レベル(基本的な日本語を理解できる)と特定技能試験(介護)の合格を目指す。合格した者は日本の介護事業者との就職面接が行われる。就職先が決まった学生は、後半の6か月でさらに日本語能力を高め、N3レベル(日常の日本語を理解できる)を目指す。そして1年間のトレーニングを終えた後、日本へ渡航し特定技能の介護人材として5年間働くことになる。
この取り組みの特徴の一つは、若者に借金を負わせない仕組みを重視している点にある。海外就労の世界では、高額な手数料の支払いを求められ若者が大きな借金を背負って出国するケースが多い。しかしこのプロジェクトでは、現地での教育等に関わる費用を雇用主が負担する仕組みを整え、若者が負債を抱えることなく海外での就労をスタートできる環境づくりを目指している。
また、この取り組みは単なる労働力の移動ではない。日本で働いた若者が技術や経験を持って母国へ戻ることで、バングラデシュの社会や経済にも新しい価値を生み出すのである。人材育成を通じて両国に長期的なメリットをもたらすモデルを目指している。この取り組みにも賛同する日本の雇用主が現れることが期待されている。
10万人プロジェクトの挑戦は日本とバングラデシュの架け橋として、新しい人材育成の取り組みとして動き始めた。
ユヌス氏と一般社団法人Japan Action Tank 代表理事 平尾恒明氏
ムハマド・ユヌス氏が提唱する「ソーシャル・ビジネス」の普及および実践を行う
ユヌス氏とジーライオングループ創業者 田畑利彦氏
■ 代表理事 平尾恒明(ジャパン・オートメカニック・スクール代表)
■ 理事 東信吾(ソーシャルビジネスバンク代表)
■ 理事 出雲充(ユーグレナ代表取締役社長)