薔薇色に染まる迷宮都市マラケシュ

モロッコの古都マラケシュは、ベルベル語で「神の国」という意味。かつて交易で栄えた街のスーク(市場)は、今も変わらず賑いを見せる。商品がところ狭しと並べられた店が路地にひしめき合い迷路のよう。ひとたび迷い込んだなら時間の感覚すらも奪っていく。エトランジェには刺激的でたまらない非日常の始まりだ―。

写真・文/大橋マサヒロ

 

異世界の時間が流れる
Souk Semmarine 旧市街スーク

スーク(市場)の中の小道はまるで迷路のよう。迷いながら散策するのが楽しい。

 

何もかもが目新しいエキゾチックな魅力

マラケシュはアフリカ大陸の北西部、モロッコ王国中央部のオアシス都市。アフリカ、アラブ、ヨーロッパの文明の通り道として古くから繁栄した。旧市街の建物はどれもやわらかなローズピンク一色だ。時が止まったようなミステリアスな情景が広がり、耳目に触れるもの、そして漂う香りまでもすべてに驚きを隠せない。
スーク(市場)はスマリン門を抜 けた先にある。石畳の緩やかな上り坂が続き、右に左に分かれ道が惑わすように現れては消えていく。すれ違うのがやっとの小道だがその両側には香辛料を扱う店やバブーシャと呼ばれる革製スリッパを扱う店、絨毯屋などが隙間なく並ぶ。売り子には愛想など一切なく、呼び込みどころか商品に値札すらない。試しに絨毯屋に入ってみるとそれまで遠巻きに見ていた店員の態度が一変し、いくつもの絨毯を店の中で広げ始めた。いくらなのかと尋ねると、どこからともなく紅茶が運ばれてきた。「ま、一杯やりながら交渉しようか」ということらしい。なるほど、これがアラブ式の商売なのか。
迷路のようなスークは自身の方向感覚だけが頼りで、一旦迷い込んだら、地図はおろかGPS機能 付き携帯電話があったとしても役に立たないだろう。ここはおそらく一千年前と同じ時間が流れているに違いないのだから。

 

左から/革や真鍮などで作られたランプシェードに明かりが灯り、一層幻想的に。 中央にあるのは、災難を遠ざける幸運のお守りの「ファティマの手」。 スークは職人の街でもあり、至る所で仕事に精を出す姿を見かける。

スークにはいくつもの広場があり、香辛料や生活雑貨などの露店が夜遅くまで賑わう。

イスラム伝統のアラベスクの絨毯以外に、モロッコらしいさまざまな模様が施されたラグがある。

 

名だたる著名人に愛されてきた伝説のホテル
La Mamounia ラ・マムーニア

 

歴史を受け継ぎ、歴史を重ねる

チャーチルからチャップリン、ヴェルサーチなど顧客リストには錚々たる名前が挙がるラ・マムーニアには、数えきれないほどの逸話や伝説が残る。一例を挙げると、チャーチルはマラケシュを「世界で一番素敵な場所さ」と評し、ぜひラ・マムー ニアを訪れてほしいと1943年にフランクリン・D・ルーズベルトを招待したという。第二次世界大戦の戦後処理について話し合われたカサブランカ会談の年だ。
元々18世紀に王が息子たちの婚姻の祝いとして贈った庭園の一つがマムーンという名で、ここに1923年にホテルが建てられラ・マムーニアとなった。名実共にモロッコを代表するホテルであり、ひとたびここに足を踏み入れれば、3万平方メートル以上ある広大な庭園とアールデコ風の伝統的なモロッコ式建築の美しさに酔いしれることだろう。オリーブの巨木やバラ園が点在する庭、見事なテラコッタの壁と緑の瓦、随所に見られるイスラム文化特有の幾何学模様のアラベスク。見どころは枚挙に暇がないほどである。
イスラム文化やアラブの民の息吹、アフリカ大陸の包容力、そしてヨーロッパ大陸からもたらされた気品がラ・マムーニアに凝縮され、訪れる者に真の癒しと休息を与えていると言っていい。だからこそ多くのセレブリティの心を捕らえて離さない。

 

二人のドアマンが恭しくドアを開けてくれる。

宮殿のような佇まいのモロッコ料理レストラン「ル・マロケイン」。

左から/庭からのホテルの外観。 屋内プールの水面に映るゴールドのアラベスク模様までもゴージャス。 リアドのプライベートプールで過ごす時間はとりわけ贅沢だ。

 

心ゆくまでモロッコのありとあらゆる贅沢を

世界のセレブリティに愛され続ける理由のひとつは、洗練された美食とサービスだろう。ラ・マムーニアにはイタリアンの「リタリアン」、フレンチの「ル・フランセーズ」、そして「ル・マロケイン」は、モロッコ料理を提供する一番人気のレストラン。ほかにプールサイドのテラスレストラン「ル・パヴィリオン・デ・ラ・ピスィン」では、ゆったりとした朝食やシャンパンと共に豪華な地中海スタイルのブランチを堪能する至福の時間が過ごせる。
また、中庭のある邸宅を改装した宿泊施設をリアドといい、マラケシュの旅行者に人気だ。中でもラ・マムーニアの「リアド・オブ・ラ・マムーニア」は、比類なきラグジュアリーで知られ、3つのベッドルームにダイニ ングルーム、サンデッキのあるプライベートプールを備え、約700平方メートルの広さの敷地にリアドの様式で造られた。専属のバトラーが24時間いつでも希望に添ってくれる。
ラ・マムーニアはこれまで5度にわたって大規模な改装を繰り返してきたが、近年のリニューアルではホテルの外観やインテリアなどに歴史的に価値のあるアンティークを残す傍ら、客室は清潔でこの上なく贅沢な造りに一新した。例えば、床やバスルームに敷き詰められたモザイクタイルは、モロッコ風デザインで統一され、最高級のハンドクラフト素材を使用している。
ここは、マラケシュの旧市街やスークも徒歩圏内にありながら、庭園に生い茂る樹々が緩衝材となり外の喧騒がまったく届かない。静寂に満ちた澄んだ空気を揺らす鳥のさえずりと心地よい土の匂いが、紛れもなくここはアフリカ大陸だと時折呼び起こす。忘却の時を過ごす場所として、これ以上のリゾートがあるだろうか。

 

左から/どのレストランも緑豊かな庭園に囲まれている。 本格的なフレンチが味わえる 「ル・フランセーズ」のお薦めの一品は、ヒラメのソテー黒トリュフ添え。 斬新なアレンジのモロッコ料理 を味わうことができる。

スイートルームでは絵画やアンティークなど調度品の一つひとつに歴史を感じる。

左から/シンプルモダンなイスラム様式。旅の疲れが十分にほぐされそうだ。 モロッコの伝統的な邸宅ホテル「リアド」のベッドルーム。

 

Information

ザ・リーディングホテルズ・オブ・ザ・ワールド
TEL 0120-086-230

 

マラケシュにインスパイアされた人々
Saint Laurent & Majorelle
サンローラン & マジョレル

鮮やかなマジョレルブルーがマラケシュの青空に映える、ベルベル博物館は庭園内にある。

 

「青の楽園」をめぐる二人のクリエイター

パリから空路でわずか3時間の距離にある魅惑の王国モロッコ。昔も今もヨーロッパのクリエイターたちは大きな影響を受けてきた。そのひとりがサンローラン。彼が終世愛した邸宅がマラケシュにあり、現在マジョレル庭園として一般に公開されている。
マラケシュの地で活動した画家のジャック・マジョレルが世界中の植物を取り寄せて作った庭園に、壁の鮮やかなブルーが特徴のアールデコ様式の邸宅が建つ。このブルーはマジョレルブルーと呼ばれることから、「青の楽園」の別名がある。マジョレルの死後荒れ果てていたが、サンローランが購入して改修を行った。サンローランは、マジョレルブルーと庭園をこよなく愛していたという。
2017年、この楽園に隣接してオープンしたイヴ・サンローランミュージアム。彼の創作過程をまとめたミニシアターの映像や、数々の伝説的なオートクチュールの展示を鑑賞できる。そこで気づくのは、サンローランがアラブ文化とアフリカ大陸のカラフルな色彩感覚を何より愛し、マラケシュで受けたインスピレーションを彼独自の方法で世界へ発信したのだ ということだ。彼がマラケシュに引き寄せられたのは偶然ではなく、必然 だったということもいうまでもない。

 

左から時計回りに/コレクションの展示スペースだけでなく、研究図書館、カフェ講堂もミュージアムにある。 サンローランと彼のパートナーが初めて一緒に購入した鳥の彫刻。 青緑色のエナメルレンガで覆われたミュージアムのパティオにも、豊かな緑が生い茂る。 イヴ・サンローランミュージアムはパリにもある。