中国の現代アート、その姿

 中国当代芸術基金の創設者であり、また、北京に現代アートの「ウォールアート美術館」を運営する李国昌さん。中国現代アートの発展と普及、そしてアーティストたちの支援活動を通じ、中国現代アートの最前線に立つ同氏に、中国現代アート事情とその課題を伺った。

ウォールアート美術館」と李国昌さん

 私は長い間、ビジネスに従事してきました。そこでビジネスというのは生活のための一つの手段に過ぎないということに気がつきました。ビジネスに投身する傍ら、精神面での充実を求めて、芸術に身を投じることにしたのです。

 2006年に営利を目的としない「ウォールアート美術館」を設立しました。当時、中国の現代アートは約30年の歴史がありましたが、その質はバラバラで健全な美術館のサポートやその質の維持のための管理が欠如していました。そこで、中国本土の文化精神に基づき、モダン化した中国現代アートをサポートする目的で美術館を開設したのです。そこには前向きな芸術体制の創立に力を注ぎたいという想いもありました。

 中国における現代アート30年の歴史を振り返ると、それは決して順調なものではありません。社会と文化、言語環境の変化をはじめ、芸術が進化する段階で様々な問題に遭遇し、介入されたりしてきました。政治体制または市場や資本と創作活動の関係、欧米文化と中国文化の関係、文化のグローバル化と中国文化との境目の関係、現代社会の構築とアートの関係など、この30年間、中国現代アートは、これらの問題についての模索を一時も休止することはありませんでした。同時に数多くの重大な歴史や社会現象に直面し、直接または間接的にそれぞれ異なる反応を示してきたのです。

 このような歴史を振り返った上で現実を直視すると、中国現代アートの特徴が見えてきます。独立性の喪失もしくは、民間の立場の絶対化、市場による異化、もしくは非理性的に市場に反対すること、適切な言語での表現が困難で、観念が不確立なこと、文化への投機主義、もしくは硬直した文化民主主義、社会に関与した際の失言や自己反省の欠如……、などが挙げられます。

 2005年以来、中国現代アートの市場の急激な起伏や2009年の中国現代芸術院の成立による大きな反響は、ある意味で中国現代アートの段階的な終わりを意味しています。30年の間、中国の現代アートは常に深刻な問題を抱えてきましたが、その問題点が欧米思想の流入や市場の高揚によって根本的に変ったわけではありません。政治にしろ市場にしろ、現代アートがこの二つの恒久的な命題に直面すると、やはり確固たる精神的支柱がなく、そればかりか、中国の伝統文化は長期に渡って破壊されてきたために、現代社会の思想を構築することができずにいます。普遍的な価値も信仰体系も、全てが欠如しているのです。このような歴史的環境のもと、中国現代アートの未来へのキーワードは「理性的な反省」と「再構築」だと言うことができます。

 未来には非常に多くの不確定要素があります。特に、価値体系の再構築や言語本来の深い研究と正確な把握、カテゴリーの再分類と開拓、現実への関与の深さとその効力といった要となる問題は、中国現代アートが持続的に発展するためには避けて通ることができません。

精神面での充実をアートに求めて – 李 国昌(WALL ART MUSEUM代表)

李国昌さんと奥様のクリスティさん
ご自宅の書斎で写真におさまる李国昌さんと奥様のクリスティさん。奥様が腰をかけているのは、清時代の皇帝が利用していた貴重な骨董家具で、木の温もりが伝わってくるよう。

 3000年近く前の中国・春秋時代の青銅器をはじめ、唐の時代の磁器や彫刻で彩られた住まい。北京の中心部、ハイソサエティーなエリアとして脚光を浴びる朝陽区の高級マンションに、先ほどご登場いただいた李国昌さんは奥様のクリスティさんとお子さんとともに暮らしている。

 仕事上、中国アートと深い関わりがあるためか、ご自宅にも多くのアート作品が飾られるが、所有するウォールアート美術館の展示品との違いは、そのほとんどが中国の古い時代の骨董品であるということ。「社会的、政治的に意味を持つ現代アートや実験的な前衛アートは美術館に展示して、自宅とは区別しているんです」と李国昌さん。その訳を聞くと、古い作品には温かみを感じるといい、ご家族が集まる場所だからこそ、あえて家族みんなが安らぐ作品を選んでいるのだそう。

 奥様もまた、アート作品に囲まれた暮らしによって、心の変化を実感している。自身もアートに造詣が深く、自らアーティストを集めてアート展を主催したり、美術雑誌を発行したりと、旦那さんの事業の一役を担っている。そんなクリスティさんは「毎日いい作品に囲まれ、いいものを鑑賞して過ごすと優しい気持ちになってくるんです」とアートのメリットを指摘する。また、美しい作品に囲まれて暮らすことは、小さい子どもたちの情操教育の面でも非常に意味のあることだと付け加えくれた。

 李さんが骨董品を収集する際、その考えの根底にあるのは「財産というのはお金だけではなく、精神的な面を豊かにするためにも必要だ」ということ。「現代社会ではみなが落ち着かず、浮き足立っているように感じます。そんな時代こそ、精神面を充実させなければいい生活ができるとは思えません。美術品を集めたり、研究すると、精神面がとても安定してくるものです。だから私たちはアートを通じて、内面から豊かになるような生活を送っていこうとしているんですよ。」

 骨董品には財産としての価値ももちろんあるが、精神面での充実を図ってくれるという意味で資産以上の価値があることを、李さんの言葉と奥さんの笑顔は雄弁に物語っている。

山水画家 徐龍森と安徽省の古民家

 北京では少し郊外に出ると、いくつもの芸術区に遭遇する。芸術区とはいわゆるアーティストたちの創作の場で、アトリエやギャラリーが集まり、あたかも周辺は一つの芸術村のようになっている。そんな芸術区の一つ、新たに誕生しようとしている東風芸術区。ここには工事車両が狭い路地を出入りするなか、山水画家として注目される徐龍森氏のアトリエ兼住宅がある。徐氏の作品は何十メートルもの巨大な山水画の作品で知られ、そのアトリエはまさに体育館のよう。この無機質な空間で伝統的な山水画が創作されているのだ。徐氏の住居は中国安徽省の古民家を移転してきたもので、そのスタイルは明清時代から伝わる徽州建築と呼ばれるもの。独特の風格とシンメトリーとなった構造が美しい。

798芸術区

 北京に点在する芸術区のなかでも、最大規模を誇る798 芸術区。通りの角には巨大なモニュメントが唐突に立ち、現代アートのギャラリーが軒を連ねる。ギャラリー内を覗けば、奇抜でカラフルな作品が所狭しと並び、その無尽蔵に溢れ出す創造力の群れは、現代アートに盛り上がる北京を象徴するようでもある。この地はもともと、中国解放軍が東欧諸国に供給するための軍事品を製造する「798工場」があった場所で、跡地には往時の建物や巨大なスチームパイプ、煙突などがそのまま残っている。敷地内の一部では現在でも工場が稼働し、煙突からもくもくとのぼる煙や油に汚れた作業着の工場労働者たちと、奇抜な現代アートとのコントラストが目を楽しませてくれる。