シアトル タコマ国際空港午前11時―。

成田空港を夕方に飛び立った飛行機は、ほぼ定刻に着いた。機内では、仕事を済ませてから、機内食には目もくれず、シートをフルフラットにしてひたすら寝ていた。そして「まもなく到着します」というアナウンスで目が覚めた。外を見ると綺麗なマウントレーニアが見えた。晩秋のシアトルは、もうかなり寒いだろう。

「私、来月から転勤が決まったの。シアトル。」とメールが来たのは、まだ暑さが残る頃だった。
「じゃ、壮行会をしようか。大好きなオイスターバーで」。

彼女はかつて同じ職場で、同じ部署に属していた後輩だった。7つ年下で、ボクにとってはかわいい妹のような存在だった。でも、周囲からはそれを超えた関係だと、疑われたこともあった。でも、交際はしていなかった。それぞれに交際相手がいた。しかし、時折、夕ご飯を食べる関係は続いていた。

別れ際、彼女は寂しそうな目をして、「美味しいオイスターはお好き?」と微笑み、「アメリカへの出張は多いんでしょ。都合が合えば、シアトルにも寄ってよ」と、ボクに唇を近づけた。それは、キスという軽い感じではなく、長く甘い”口づけ”だった。

あれから2カ月。
ちょうど翌週明けからニューヨークへの出張だった。仕事を上手くやり繰りして金曜日に出て、シアトルに寄ってもいいかなと思った。そして、飛行機のチケットを変更した。そのことを彼女には伝えていなかった。

「お久しぶりだね。今夜、空いている? 夕飯どう?」と電話をした。彼女は、一瞬戸惑いを見せたが、
「何言ってんの? こっちはシアトルだよ」。

「美味しいオイスターを食べに来たよ」。

東京首都圏のマンション市況は悪化

機内では、ニューヨークでの会議の資料をまとめていた。
どうも、首都圏のマンションの契約状況が思わしくない。
2014年の上期の契約件数の実数字を丹念に見ていくと、春先からの落ち込みが目立つ。新築マンションは地価の上昇と建築資材原価や労働人件費の上昇のあおりを受けて、発売数そのものが減っている。潜在的な需要があるものの、高すぎる値段では手を出さない(買い控えている)という状況だろう。2013年の秋をピークに減り始め、2014年2月以降は前年同月比でマイナスが続いている。
それに、連動するように、首都圏の中古マンションの契約数も減少している。こちらは、2013年晩秋あたりがピークで減少し始め、2014年4月以降は前年同月比マイナスとなっている。
この傾向はしばらく続くと予想される。高い値段が続き、価格調整期に入ったと言っていいだろう。中古マンションでは、価格改定(値下げ)する物件も出始めている。こうして価格がこなれてくると、再び契約数が増えてくるだろう。年度末あたりがその時期だろうか。

デザートを食べにくる?

彼女は、「エリオットオイスターハウス」という海が見えるシーフードレストランを予約していた。氷いっぱいのウッドケースの中には、色んな種類の牡蠣が置かれている。味もいいが、値段もリーズナブルなので、白ワインを飲みながらダース単位で注文して、どんどん食べた。
「でも、急な転勤だな」。
「最近は女性でも、男性と同じように出世もするし、海外赴任もある時代よ。それに結婚してないから、会社も行かせやすかったんじゃない」。
「そうかー。あんなにモテていたのに結婚しなかったのは意外だなぁ。交際相手からは、結婚しようと言われただろ?」
「まぁ、そんなこといいじゃない。もう1本、ワイン飲もうよ」と言いながら、また同じシャルドネの白ワインを注文した。
あっという間に時間は過ぎていく。気が付けば、もういい時間だ。二人は店を出て歩き始めた。海からの風が冷たい。

「私の住まいを見ていく? 不動産の専門家ならシアトルの住宅事情に興味があるでしょ?」とおどけてみせた。「おいしいアップル&ジンジャーパイがあるから、デザートにどう?」と付け足した。
ボクは少し迷ったが、ひと呼吸おいて、「ちゃんとホテルを取っているからそっちに行くよ。あの頃みたいになったら困るだろ?」と笑った。

「あの頃、って何よ。どれだけ私がアプローチしても、何にもしてこなかったじゃない」。
「美味しいデザートは、いつまでも取っておきたい性分なんだよ。じゃ、またね」。

オレンジの街灯が綺麗に見えた。